熱田神宮

熱田神宮

所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1
位置 北緯35度07分38秒 東経136度54分31秒
主祭神 熱田大神(天叢雲剣)
社格等 式内社(名神大)官幣大社 別表神社
創建 不詳
本殿の様式 神明造
例祭 6月5日(熱田祭)
主な神事 歩射神事
御煤納神事

熱田神宮(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社です。

概要
祭神は熱田大神であり、三種の神器の一つである草薙剣(くさなぎのつるぎ。天叢雲剣)を神体としています。剣は壇ノ浦の戦いで遺失したとも神宮に保管されたままとも言われています。

相殿に天照大神、素盞鳴尊、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命を祀っています。

創建は不詳ですが、景行天皇朝には、すでに土着の信仰神として存在していたといわれています。

官幣大社、式内社(名神大)で、建物は伊勢神宮と同じ神明造ですが、1893年(明治26年)までは尾張造と呼ばれる独特の建築様式でした(氷上姉子神社に尾張造の建築様式が残っています)。社務所に当たる組織は熱田神宮宮庁といいます。その他施設に、宝物館、熱田神宮会館、能楽殿。熱田神宮の敷地内には愛知県神社庁があります。

東海道名所図会に、熱田大神宮と記載されています。

海道記に、熱田の宮の御前を過ぐれば、とあります。

東関紀行に、尾張の國熱田の宮に到りぬ、とあります。また、

或人の曰く、「この宮は素盞嗚尊(すさのをのみこと)なり、初めは出雲の國に宮造りありけり。八雲立つ「八雲たつ出雲八重垣妻籠に八重垣つくる其の八重垣を」(古事記)と云へる大和言葉も、これより始まりけり。その後、景行天皇の御代に、この砌に跡を垂れ給へり。」と云へり。又曰く、「この宮の本體は、草薙と號し奉る神劒なり。景行の御子、日本武尊と申す、夷(えみし)を平げて歸りたまふ時、尊は白鳥となりて去り給ふ、劒(つるぎ)は熱田に止り給ふ。」とも云へり。と記載されています。

祭神
熱田大神(あつたのおおかみ)とは草薙剣の神霊のこととされますが、明治以降の熱田神宮や明治政府の見解では、熱田大神は草薙剣を御神体とする天照大神のことであるとしています。しかし、創建の経緯などからすると日本武尊と非常にかかわりの深い神社であり、熱田大神は日本武尊のことであるとする説も根強くあります。

相殿には、天照大神、素盞鳴尊(すさのおのみこと)、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命(たけいなだねのみこと)と草薙剣に縁のある神が祀られています。素盞鳴尊は、ヤマタノオロチ退治の際に、ヤマタノオロチの尾の中から草薙剣を発見し、天照大神に献上しました。天照大神は、その草薙の剣を天孫降臨の際に迩迩芸命(ににぎのみこと)に授けました。日本武尊は、草薙剣を持って蝦夷征伐を行い活躍したあと、妃の宮簀媛命のもとに預けました。宮簀媛命は、熱田の地を卜定して草薙剣を祀りました。建稲種命は宮簀媛命の兄で、日本武尊の蝦夷征伐に副将として従軍しました。

歴史
第12代景行天皇の時代、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国平定の帰路に尾張へ滞在した際に、尾張国造乎止与命(おとよのみこと)の娘宮簀媛命(みやすひめのみこと)と結婚しました。草薙剣を妃の手許へ留め置きました。日本武尊が能褒野で亡くなると、宮簀媛命は熱田に社地を定め、剣を奉斉鎮守したのが始まりと言われます。そのため、三種の神器のうち草薙剣は熱田に常に置かれるようになり、伊勢神宮に次ぐ権威のある神社として栄えることとなりました。

大宮司職は代々尾張国造の子孫である尾張氏が務めていましたが、平安時代後期に尾張員職の外孫で藤原南家の藤原季範にその職が譲られました。以降は子孫の藤原氏・千秋氏が大宮司、尾張氏は権宮司を務めました。なお、この季範の娘は源頼朝の母です。

明治4年(1871年)5月14日、熱田神宮は官幣大社に列格しました。「三種の神器の一つを祀る熱田神宮は、伊勢神宮と同格であるべきだ」という主張が熱田神宮の中にはあり、同年7月には大宮司・千秋季福が伊勢神宮に準じた待遇にするよう国に請願し、却下されています。次に大宮司となった角田忠行も同様の請願を続け、明治22年(1889年)までに伊勢神宮に準じた神璽勅封・権宮司設置などが認められました。

それまで熱田神宮は尾張造という尾張地方特有の建築様式で建てられていましたが、明治22年、伊勢神宮と同じ神明造による社殿の造営が計画されました。また、熱田神宮の国への働きかけにより、明治23年(1890年)9月、社格を離脱して伊勢神宮と同格にする旨の勅令案が閣議に提出されました(案の段階では熱田神宮を「尾張神宮」に改称する事項も含まれていましたが、これは外されました)。しかし、この勅令案は否決され、熱田神宮の社格の件は従前の通りとすることとなりました。その背景には伊勢神宮の反対があったといいます。神明造による社殿の造営は進められ、明治26年(1893年)に竣工しました。新しい建物のため、文化財に指定されてはいません。

第二次世界大戦の戦災により社殿は焼失しました。

昭和20年(1945年)の終戦直前、神体である草薙剣を守るために飛騨一宮水無神社への一時的な遷座が計画されたが、8月15日の終戦により一時中止されました。しかし、今度は上陸したアメリカ軍に神体が奪われる虞があるとして、8月21日、陸軍の協力を得て計画通り神体が水無神社に遷されました。同年9月19日に熱田神宮に戻されましたが、そのときにはすでに陸軍は解散していたため、神職が鉄道で移動しました。社殿は伊勢神宮の式年遷宮の際の古用材を譲り受け、昭和30年(1955年)10月に再建されまし。

年表
<>は関連事項

113年(景行天皇43年):日本武尊が能褒野で薨去する。
195年(仲哀天皇4年):火上姉子神社が創建される。
668年(天智天皇7年):草薙剣が新羅の僧道行により盗み出される。
686年(朱鳥元年):草薙剣が熱田神宮へ戻される。
708年(和銅元年)9月9日:八剣宮が創建される。
712年(和銅5年)1月28日:<「古事記」完成。>
720年(養老4年):<「日本書紀」完成。>
927年(延長5年)12月26日:<延喜式完成。>
967年(康保4年)7月9日:<延喜式施行。>
1382年(永徳3年):火上姉子神社で火災。地名を火高(ほだか)火上から大高氷上へと改める。
1839年(天保10年)1月19日:八剣宮の御神体を妖僧が盗み出すも未遂に終わる。
1868年(明治1年)3月:<神仏分離令>
1871年5月14日(明治4年):<社格制度制定>
1893年(明治26年):神明造に建て直される。
1945年(昭和20年):5月17日:空襲による被害を受ける。各種社殿、国宝海上門を焼失。
同年6月9日:空襲による被害を受ける。
同年7月29日:空襲による被害を受ける。国宝鎭皇門を焼失。
同年8月21日:御神体を水無神社へ遷す。
同年9月19日:御神体が熱田神宮へ戻される。
同年12月15日:<神道指令>
1955年(昭和30年)10月:再建される。
1963年(昭和38年):高座結御子神社が再建される。
2007年(平成19年)10月:本殿の改修に伴い、御神体を仮殿に移す。

皇族の御親拝
2005年(平成18年)今上天皇・皇后(2005年日本国際博覧会行幸啓の折)

祭事
6月5日の例祭(「尚武祭(しょうぶさい)」「熱田まつり」とも称される。)を最大規模の祭事とし、年間を通して以下の祭事が行われています。

1月
歳旦(さいたん)祭(1月1日)
元始(げんし)祭(1月3日)
初えびす(1月5日)
世様(よだめし)神事(1月7日)
踏歌(とうか)神事(1月11日)
封水世様(ほうすいよだめし)神事(1月12日)
歩射(ほしゃ)神事(1月15日)
2月
紀元(きげん)祭(2月11日)
3月
祈念祭(3月17日)
御田神社祈念祭(3月17日)
春季皇霊祭遥拝(しゅんきこうれいさいようはい)(春分の日)
氷上姉子神社太々神楽(最終週の日曜日)
4月
幼児成育祈願祭(4月3日)
5月
舞楽神事(5月1日)
酔笑人(えようど)神事(5月4日)
神輿渡御(しんよとぎょ)神事(5月5日)
豊年祭(5月8日)
熱田講社春季大祭(5月9日)
御衣(おんぞ)祭(5月13日)
6月
高座結御子(たかくらむずびみこ)神社例祭(6月1日)
例祭(6月5日)
献茶祭(6月5日)
献花式(6月5日)
南新宮社祭(6月5日)
御田神社御田植祭(6月18日)
大高斎田御田植祭(第4日曜日)
大祓(6月30日)
7月
御井社(みいしゃ)祭(土用入の日)
鈴之御前(れいのおみやまえ)社祭(茅の輪くぐり)(7月31日)
9月
秋季皇霊祭遥拝(しゅうきこうれいさいようはい)(秋分の日)
10月
氷上姉子神社例祭(第1日曜日)
新嘗(にいなめ)祭(10月17日)
御田神社新嘗祭(10月17日)
熱田恵比須講社大祭(10月20日)
11月
熱田講社秋季大祭(11月1日)
明治祭(11月3日)
奉賛会大祭(11月3日)
献詠祭(11月3日)
12月
農業感謝祭(12月20日)
天長祭(12月23日)
御煤納(おおすおさめ)神事(12月25日)
大祓(12月31日)
除夜祭(12月31日)

境内外社

境内社

別宮
八剣宮(はっけんぐう)
社格:式内社
祭神:熱田大神

摂社
一之御前神社(いちのみさき)
祭神:天照大神荒魂
日割御子神社(ひさきのみこ)
社格:式内社(名神大)
祭神:天忍穂耳尊
孫若御子神社(ひこわかみこ)
社格:式内社(名神大。他説有り)
祭神:天火明神
南新宮社(みなみしんぐう)
祭神:素盞嗚尊
御田神社(みた)
社格:式内社(他説有り)
祭神:大年神
下知我麻神社(しもちかま)
社格:式内社
祭神:真敷刀俾命
上知我麻神社(かみちかま)
社格:式内社
祭神:乎止與命
本社末社:大国主社(おおくにぬし)
祭神:大国主命
本社末社:事代主社(ことしろぬし)
祭神:事代主命
龍神社(りゅう)
祭神:吉備武彦命、大伴武日命

末社
大幸田神社(おおさきだ)
祭神:宇迦之御魂神
清水社(しみず)
祭神:罔象女神(みずはのめ)
東八百万神社(ひがしやおよろず)
祭神:東国坐八百万神
西八百万神社(にしやおよろず)
祭神:西国坐八百万神
内天神社(うちてんじん)
祭神:少彦名命
六末社
乙子社(おとご)
祭神:弟彦連
姉子神社(あねご)
祭神:宮簀媛命
今彦神社(いまひこ)
祭神:建稲種命
水向神社(みか)
祭神:弟橘媛命
素盞鳴神社(すさのお)
祭神:素盞嗚尊
日長神社(ひなが)
祭神:日長命
楠之御前社(くすのみまえ)
祭神:伊弉諾尊、伊弉册尊
菅原社(すがはら)
祭神:菅原道真
徹社(とおすのやしろ)
祭神:天照大神和魂
八子社(やこのやしろ)
祭神:五男三女神
曽志茂利社(そしもり)
祭神:居茂利大神(素盞嗚尊)

境外社

摂社
高座結御子神社(たかくらむすびみこ)
社格:式内社(名神大)
祭神:高倉下命
本社末社:鉾取社(ほことり)
祭神:鉾取神
本社末社:新宮社(しんぐう)
祭神:素盞嗚尊
本社末社:御井社(みい)
祭神:御井神
本社末社:稲荷社(いなり)
祭神:宇迦之御魂神
氷上姉子神社(ひかみあねこ)
社格:式内社
祭神:宮簀媛命
本社末社:元宮(もとみや)
祭神:宮簀媛命
本社末社:神明社(しんめい)
祭神:天照大神
本社末社:玉根社(たまね)
祭神:少彦名命
境外末社:朝苧社(あさお)
祭神:火上老婆靈(うばのみたま)
青衾神社(あおぶすま)
社格:式内社
祭神:天白王月神 天道日女命
松ゴ神社(まつご、「ゴ」=「女后」)
祭神:宮簀媛命

末社
鈴之御前社(れいのみまえ)
祭神:天鈿女命
南楠社(みなみくす)
祭神:熱田大神
浮島社(うきしま)
祭神:天穂日命
影向間社(ようごうのま)
祭神:熱田大神
朝苧社(あさお)
祭神:火上老婆霊
琴瀬山社(ことせやま)
祭神:熱田大神、大山津見神、久久能智神

文化財

国宝・重要文化財
国宝「短刀 銘来国俊 正和五年十一月日」
重要文化財「紙本著色法華経涌出品」
重要文化財「木造舞楽面」12面
重要文化財「菊蒔絵手筥」
重要文化財「鏡及鏡箱」
重要文化財「古神宝類」一括
重要文化財「金銅装唐鞍(附 黒漆鞍2背 飾鞍図1巻)」
重要文化財「金銅兵庫鎖太刀」
重要文化財「太刀 銘国友」
重要文化財「太刀 銘則国」
重要文化財「剣 銘吉光」
重要文化財「太刀 銘了戒嘉元三年三月日 山城国住人九郎左(以下切)」
重要文化財「脇指 銘長谷部国信」
重要文化財「短刀 銘長谷部国信 (切付銘)藤原友吉」
重要文化財「短刀 銘国光 徳治三年(以下切)」
重要文化財「太刀 銘宗吉作」(1911年重文指定)
重要文化財「太刀 銘宗吉作」(1912年重文指定)
重要文化財「剣 銘為清 身ニ熱田太神宮宗久ト切付アリ」
重要文化財「太刀 銘長光」
重要文化財「太刀 銘備州長船兼光」
重要文化財「太刀 銘備州長船重光」
重要文化財「太刀 銘元弘三年六月一日実阿作 鎬地ニ文祿四年守勝ノ寄進銘アリ」
重要文化財「剱 銘□利」(包利)
重要文化財「太刀 銘真行 身ノ表ニ元亀二年辛未八月八日大久保与九郎、裏ニ熱田大名神奉寄進之在銘」
重要文化財「太刀 無銘」(伝真長)
重要文化財「銘指表ニ奉納尾州熱田大明神、指裏ニ両御所様被召出於武州江戸御劔作御紋康之字被下罷上刻籠越前康継トアリ」
重要文化財「日本書紀(紙背和歌懐紙)(附 永和三年霜月四日寄進状1巻)」
重要文化財「後花園天皇宸翰御消息 永享五年十二月十二日」
他に旧国宝建造物の海上門と鎮皇門がありましたが、第二次大戦時に焼失しています。

その他の文化財
算額 文化3年(1806)5月 日下誠門人江原政教奉納(復元)
算額 天保12年(1841)11月 御粥安本門人三輪恒徳奉納(復元)
算額 天保15年(1844)2月 竹内修敬門人松岡愿奉納(復元)

交通
最寄駅:名鉄神宮前駅、名城線神宮西駅・伝馬町駅、東海旅客鉄道熱田駅
市営バス:神宮東門バス停、熱田伝馬町バス停、熱田駅西バス停、熱田区役所バス停
駐車場:有り

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

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