穴師坐兵主神社

穴師坐兵主神社

所在地 奈良県桜井市穴師1065
位置 北緯34度32分42秒 東経135度51分28秒
主祭神 兵主神(御食津神) 大兵主神 若御魂神(稲田姫命)
社格等 式内社(名神大・大・小)・県社
本殿の様式 流造
例祭 4月8日・10月21日

穴師坐兵主神社(あなせにますひょうずじんじゃ)は、奈良県桜井市にある神社です。式内社で、旧社格は県社。

元は穴師坐兵主神社(名神大社)、巻向坐若御魂神社(式内大社)、穴師大兵主神社(式内小社)の3社で、室町時代に合祀されました。現鎮座地は穴師大兵主神社のあった場所です。

歴史
元の穴師坐兵主神社は、垂仁天皇2年に倭姫命が天皇の御膳の守護神として祀ったとも、景行天皇が八千矛神(大国主)を兵主大神として祀ったともいわれています。旧鎮座地は「弓月岳」ですが、比定地には竜王山・穴師山・巻向山の3つの説があります。祭神の「兵主神」は現在は中殿に祀られ、鏡を神体とします。神社側では兵主神は御食津神であるとしていますが、他に天鈿女命、素盞嗚尊、天富貴命、建御名方命、大己貴神の分身の伊豆戈命、大倭大国魂神とする説があります。

巻向坐若御魂神社の祭神「若御魂神」は稲田姫命のことであるとされています。現在は右社に祀られ、勾玉と鈴を神体としています。元は巻向山中にありました。若御魂神については、和久産巣日神のことであるとする説もあります。

上記の2社は、『正倉院文書』に天平2年(730年)に神祭を行った記録があり、貞観元年(859年)に従五位上の神階が授けられました。

穴師大兵主神社については鎮座年代は不詳です。祭神の「大兵主神」は現在は左社に祀られ、剣を神体としています。大兵主神の正体については、八千戈命(大国主)、素盞嗚命、天鈿女命、天日槍命という説があります。

中世ごろから、穴師坐兵主神社が穴師上社、穴師大兵主神社が穴師下社と呼ばれるようになりました。応仁の乱のときに若御魂神社と穴師上社の社殿が焼失したことから、この2社を穴師下社(大兵主神社)に合祀しました。明治6年(1873年)に郷社に列し、昭和3年(1928年)に県社に昇格しました。

摂社として、野見宿禰を祀る相撲神社があり、相撲の祖神として信仰されています。

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

愛宕信仰

愛宕信仰

愛宕信仰(あたごしんこう)とは、京都市の愛宕山山頂に鎮座する愛宕神社から発祥した、火防の神に対する神道の信仰です。

愛宕山の愛宕神社は、古くから修験道の道場となり、愛宕山に集まった修験者によって江戸時代中頃から愛宕信仰が日本全国に広められました。中世後期以降、愛宕の神は火伏せに霊験のある神として広く信仰されるようになりました。日本全国で「愛宕」を社名につける神社は43都道府県に約1000社あります。特に東北地方に多く分布しています。

愛宕の神は神仏習合時代には勝軍地蔵を本地仏としていました。現在でも、愛宕の縁日は地蔵と同じ毎月24日です。現在では火産霊命(カグツチ)が祭神とされています。

勝軍地蔵を本地仏としたことから、火伏せの神としてだけでなく武神としての信仰もありました。民間では、各地に「愛宕講」と呼ばれる講が組織されました。「千日詣」と称し、8月1日に参拝すると千日参拝したのと同じ御利益があるとされています。

愛宕神社(京都市右京区) -- 総本社
愛宕神社(秋田県湯沢市)
愛宕神社(山形県天童市)
愛宕神社(仙台市太白区)
愛宕花園神社(福島県いわき市)
愛宕神社(群馬県伊勢崎市)
愛宕神社(東京都港区)
愛宕神社(東京都練馬区)
愛宕神社(千葉県白井市)
愛宕神社(京都府亀岡市)—元愛宕
愛宕神社(福岡市西区)
愛宕神社(茨城県水戸市)

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体